2008/2/11
下で難しい、難しいと言っていたはずなのに、ご覧のようにあっさりと繁殖してしまった。普段は地味でしか無いメスがまっ黄色になってきたので、もしやとは思っていたのだけれど、土管の中に卵を産み付けていたらしい。
僕が今まで繁殖をさせた経験がある種類と言うと、女子アナエンドラーズやらプラティやら、簡単な胎生メダカばかりで、自分の子供をバクバク食いまくるデリカシーの無い奴らばっかりだったのだが、その点このアピストはすごい。
メスはじいっと子供を見守り、引き連れて泳ぎ、オスは外敵に備え、少し離れたところで家族を守るという構図。子供を守るのに多少気が荒くなるメス対策にネオンテトラを一匹だけ一緒に飼っているのだけど、ネオンが子供に近づこうものならオスはネオンの腹に突進をぶちかます。ネオンが離れたのを見て、オスはまたゆらりと外敵に備えてしばし遊泳を始めるのだが、子供の近くに寄ろうとすれば今度はメスからの突進を受ける。かなりせつない。聞くところによると、このアピストは、環境が子育てに適していないと判断すると食仔するらしい。今のところその前兆は見られないのだが、仕事から帰ってきたら稚魚が消えていたり、オスがメスにやられてしまっていたりするのだろうか、と、隔離してしまうかやめておくべきか(しばらくは子育てはメスに任せておいたほうがいい説もある)、散々悩む連休最終日の夜中。
2008/1/31

アピストグラマという熱帯魚をご存知だろうか。
南米大陸に棲息するシグリット科の魚。写真の彼はアピストグラマ・ボレリィ・オパールと言う。飼育は基本、雄と雌とのペア飼いで、飼育難度もそんなに高くは無い―、のだが、雄と雌がきちんとペアになってくれるかというと、やはりなかなかそうもいかない。
合わないペアの場合は雄が雌を追い掛け回して殺してしまうのも珍しいことでは決して無いし、いざ卵を産むまで行ったとしても、卵を守る雌が、雄をやっつけてしまう事もある。”ただ生きた状態”、という意味合いにおいては飼育難度は難しくは無いが、孵化した稚魚を引き連れて水槽内を泳ぎ回る凛々しい雌の姿を拝み、稚魚を育てていくという生態サイクルを一環として「飼育」と呼ぶのならば、やはりなかなか難しい種類であると思う。
写真の彼はジャーマンブリードのボレリィで、自由が丘にてペアを衝動買いした。雌も元気だが、物陰に隠れてなかなか出てきてくれない。値段の問題ではないのだけれど、気軽に買える魚ではないし、元気に育ってほしい。シグマの50mmマクロレンズではそろそろ厳しい感もしてきたなあ。
2008/1/20
どこに行っても責任の所在を明らかにするばかりか、責任感で仕事をする人は圧倒的に少なくて、ややもすると自分がおかしいんじゃないかとさえ思えてくる。
「君はなんでそんな舞台に立ってるんだ」
って、僕を通り過ぎていった人たちから、残念そうに言われる夢を見そうでまた眠れそうもない。
2008/1/4
この国の良いところは、四季折々、それぞれのいろんな催しがあって、季節感を感じさせてくれるところだと思う。冬至を過ぎ、年が明けて、例えば僕がまかり間違って長い長いコールドスリープに入って、幾十年か後に目を覚まし、叩き出されたのが今日だったとしても、街は正月の装いだと間違いなく気付くだろう。通り過ぎる人の顔を見たって、殆ど仕事の顔をしてる人はいない。(ごく一部を除いてはだけれども)
今日は小平霊園に行ってきた。
昔、僕の大切だった人はすでに亡くなっていた。
てか、ここ行ってただけですよここ!うそ!うそ!
2007/11/27
1週間前から東京に住み始めた。前々から聞いていた話ではあるのだけれども、やはり、住宅事情はとても悪い。ただ、ベランダから見えるこの景色はとても気に入っていて、望んでいたような住まいには遠く及ばなかったけれど、まあ、全体的にそう悪くは無い。引越しの際には荷物がとても多くて、新婚の家庭よりも引越し代がかかる、と会社の総務に散々の文句を言われた。おまえの顔面整形費用よりはましだろ、と言う言葉はすんでのところで飲み込んだのだけれども。
僕は今までにいろんなところに住んできたわけだけれども、結局は何処に行っても人間やることはおんなじで、何かしらの事柄が起きた時も環境の変化のせいにするなんて馬鹿馬鹿しいと思っていて、それは形容するに「諦めの順応力」とでも表現すれば良いのか、まあ、そういった理由で別段wktkするわけでも無く、その土地土地の事情や風土を淡々と受け入れ、様々な種類の仕事を粛々と紡ぎ、魅力的な異性(まあ僕にとっては)との僅かながらの心の静まる時間などを過ごして来たわけであるのだけれども、現在住み始めたここは、仕事も含めて非常に収まりが悪いように感じている。つまりは、やってしまった感がある。
理由は上手く書けないのだけど、こういった事は大概当たるものだと僕は思う。
そういえば、15年ほど前にJon Bon Joviは"Destination anywhere"と歌い、現在は沢尻エリカが"Destination nowhere"とか何とかと。僕はずっと"Destination everywhere"の如く人生の折り返し地点まで過ごしてきたわけだけれども、どっちかと言えば現在は沢尻派だ。わあ、ものすごくどうでもいいや。
2007/08/05
一眼レフのデジカメを買うことにした。まあ、これで娘と息子の成長を残してやれたらいい。(注:娘と息子=熱帯魚)
専門のサイトを下調べした結果、要はカメラ本体もそうなのだけれども、要はレンズであって、AFで非対応レンズが多い、人気のD40シリーズは却下。NikonのD50かD70の中古辺りがいいかなあ、と、今日は日本橋と梅田を歩き倒したのだが、結局、発売後、2年を経過している中古モデルをお奨めされることは無かった。NikonやCanonは確かにレンズの種類は多いけれど、多いのはクソほど高いのばっかりだし、かと言ってオリンパスは選択肢が少なすぎる。KONICA MINOLTAを引き継いだソニーに関しては、果たしてどこまでやるのかねえ、といった具合で、デザインにちょいと難はあれど、PENTAXのk100をチョイスすることにした。理由は、手ブレ防止がカメラ本体依存なことと、レンズが安いこと、シャッターを押した時に「撮った!!1」という感触があること。
価格もかなりこなれていて、梅田の第1ビルで41000也。これに、SIGMAの50mmマクロレンズと28-80mmのマクロレンズ、そしてPENTAX純正の100-300mmの望遠レンズを買っても、昨日エヴァンゲリオン(ぱちんこ)で稼いだ額には及ばなかった。なに、入門モデルで飽きたら飽きたでいいだろうし、面白かったらK10Dの次モデルでも買えばいいのだ。17mm-70mmあたりの標準レンズが無いのは、そういったものをたぶん写さないから。

という訳で、初の被写体は我が家のゴールデンハニードワーフグラミィー。ヒレが進化した触角が可愛すぎる。たまに仲間同士で正面を向き合って、この触角でぺちぺち喧嘩をしたりする。
(上はゴールデンプリステラ、左にはホワイトミッキーマウスプラティーの稚魚)
2007/07/30
こうしてモニタに向かって自分のことを書き連ねるのはどれくらいぶりだろう。 僕のまだ若い頃はここでたくさんの人に会い、たくさんの心震わせるものに触れ、そして、わずわらしくなったり、居心地が悪くなったり、心が動くのが嫌で、 結局全てを放り投げた。 その頃のことは懐かしく思い出すこともまあ、たまにはあるのだけれど、薄ぼんやりとした山際の向こう側みたいに靄がかかっていて、人の顔を思い出せない。 僕がそういった、いろんな人が紡ぎ出す才能のかけらや、心の底から打ち震えるようなものに心奪われることに興味を無くし、例えるなら、 とあるロールプレイングゲームのレベル20あたりのROMカセットを引っこ抜いてから、一つ一つバラす作業を行ったことに要因があるのだけれど、もちろん そんなことをしたって、どうやってそのゲームができたかなんてのはわからないわけである。わかるのは、そのROMカセットがどういう風にできているかだ。 じゃあ、べつにやりかけのゲームを引っこ抜く必要なんか無いじゃん、そのへんのやらないゲームバラしたって一緒じゃない、と思った方々は聡明である。 それはもちろんその通りなのだ。ただ、問題は別にあって、僕は、そのやりかけの、さあいよいよこれから盛り上がってまいりますよ的な、そのタイミングで引っこ抜く ことに意味があると思っている非常に困った人なのである。パウンドケーキを焼き、メレンゲを丁寧に塗りたくり、苺をこれでもかと言わんばかりにのせ、 ホイップクリームで美しくデコレートしたその上にカレーである。我ながらどうしようも無い。 べつに壊すことに価値を見出しているわけでは無いのだけれど、さあいよいよですよの時には、はいさようなら、というのがデフォルトセオリーである。趣味にしたって、 仕事にしたって、そして、今これを見ている、つまりは僕を知っている君にしたって。 悪いけど、二度と触れるな。僕はおそらく、もう君の顔すら覚えていない。